千葉県立中央博物館分館海の博物館メールマガジン バックナンバー
海からのたより 第140号
配信日時:2016/10/01 09:00
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  千葉県立中央博物館分館 海の博物館メールマガジン

 『海からのたより』 第140号
                          2016年10月1日発行

                 千葉県立中央博物館分館 海の博物館
                 http://www.chiba-muse.or.jp/UMIHAKU/

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 10月に入り、海の博物館は少し静かになります。
 今月は、博物館資料を虫やカビから守るため、収蔵庫の燻蒸をおこないます。
 静かに見える博物館でも、見えない所で色々な仕事をしています。
  11月3日(木・祝)からは、海のアート展「海の不思議ないきもの」もはじま
 ります。お楽しみに!

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│目次
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★臨時閉館のお知らせ
★10、11月の行事案内
★研究員ノート −クシクラゲの肛門の報道を見て−
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│★臨時閉館のお知らせ
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 ●10月25日(火)〜28日(金)は、収蔵庫燻蒸のため臨時休館いたします。
  ご了承下さい。

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│★10、11月の行事案内
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 海の生きものマニア向けの講座もあります。お見逃しなく!

 詳しくはこちらをご覧下さい。
  http://www2.chiba-muse.or.jp/?page_id=533

【講座】
「マニアックな無脊椎動物のはなし(イソギンチャク・十脚甲殻類)」
 無脊椎動物のちょっとマニアックで専門的な話題について、博物館の役割を
含めてわかりやすく紹介します。
  対象:中学生以上 定員:20名
  日時:11月3日(木・祝)10:00-15:00
  (申込み締切日:10月20日(木))

【博物館探検隊(バックヤードツアー)】
 ふだん見ることのできない博物館のバックヤードを、研究員の案内でめぐり
ます。
   日時:11月3日(木・祝) 13:30〜14:15
 定員各回15名(当日申込み。先着順)

【海の体験コーナー】
 体験交流員といっしょに、海にまつわるさまざまなメニューにチャレンジす
る行事です。
 10月1日(土)「シラスを調べよう」
 10月23日(日)「コーラルプリントをしよう」
 11月5日(土)「海藻おしばを作ろう」
 11月19日(土)「微小貝を探そう」
   (当日申込み。定員6名。先着順)
 ※入場料のほか、材料費50円/人が必要です。

【ワークショップ】
「新聞紙で海の不思議ないきものを作ろう!」
 海のアート展「海の不思議ないきもの」の関連イベントです。
  日時:11月26日(土)・27日(日) 13:30〜15:30
  定員:各回20名(当日申し込み。先着順)

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│★研究員ノート −クシクラゲの肛門の報道を見て−
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 先日、クシクラゲの仲間が「うんち」をすることが確かめられ、これが教科
書を書き換える発見である、といった内容のニュースが新聞紙面を賑わせまし
た。これは、マイアミ大学の博士課程の学生であるJason Presnell氏を筆頭と
する研究チームによって、8月19日付けの学術誌「Current Biology」に掲載さ
れた論文の内容に基づくものです。今回はこの発見についてと、その報道され
た内容について考えてみたいと思います。

 クシクラゲの仲間には古くから口の反対側にもう一つの開口部があることが
知られており、この「穴」は"excretory pores","anus"または"anal pore"な
どと呼ばれてきました。一方、クシクラゲは消化物を口から排泄すると考えら
れており、この「穴」の機能は不明だったのです。Presnell氏らは緻密な観察
結果に基づいて、実はこの「穴」こそが、肛門の役割を果たしているというこ
とを初めて明らかにしたのです。

 ここで動物の進化について、もう一度考えてみたいと思います。口から入っ
た食べ物を胃で消化して、腸を経て肛門から排泄される、という消化管系は、
動物の進化の歴史のなかで「左右相称動物」と呼ばれる生物が初めて獲得した
特徴だと考えられてきました。左右相称動物は、その名のとおり、体に左右性
がある動物のことで、私達人間を含め、現生の動物の多くはこの仲間に含まれ
ます。体に左右性があるということは、すなわち前後、背腹の2つの体の軸があ
ることを意味します。地球上に「左右相称動物」が現れる前にいた多細胞動物
は、海綿動物(カイメンの仲間)や刺胞動物(イソギンチャクやクラゲの仲間)
などが挙げられ、いずれも原始的と考えられている動物です。クシクラゲの仲
間は有櫛動物という動物門に属していて、刺胞動物のクラゲとは全く異なる生
物です。有櫛動物が進化の歴史のどの時点で現れたのかはよくわかっていませ
ん。左右相称動物の一員とされることがあったり、DNAの全ゲノムを比較して、
現生の動物の中でもっとも原始的であるとする説まで諸説あり、現在も論争が
続いています。今回の発見でも「左右相称動物」の持つ肛門の機能とクシクラ
ゲの持つそれが、起源を同じくするものなのか、それともそれぞれが独自に類
似した機能を持つようになったのかは、まだよくわからない、と結論付けられ
ています。もしクシクラゲの肛門の由来が左右相称動物と同じだとするなら、
有櫛動物は左右相称動物の一員とする重要な根拠となるでしょう。

 さて、今回の報道では、動物の祖先は口からものを食べて排泄する単純な構
造をしていて、刺胞動物などの原始的な生き物は体に穴がひとつしかない、と
いうように紹介されています。しかし、これは必ずしも正しいとは言えません
。私は「原始的」とされる刺胞動物のうち、イソギンチャク類の研究をしてい
ます。イソギンチャク類の含まれる花虫類は、刺胞動物のなかでも、もっとも
祖先的であると考えられています。花虫類の仲間であるイソギンチャク類の一
部やハナギンチャク類には、反口側(口の反対側)に穴を持っているものが少
なくありません。この穴の存在は古くから知られており、ハナギンチャク類で
は"terminal pore"などと呼ばれてきました。その機能はあまり良くわかってい

ませんが、胃とこの穴はたしかにつながっていて、この穴から体液も出入りし
ます。これまでこの穴が排泄に使われているという観察例はありませんが、イ
ソギンチャクの仲間は、これ以外にも左右相称動物に見られる特徴を多く備え
ています。イソギンチャクの仲間は一見、左右相称には見えませんが、体の中
の構造をよく調べると、ちゃんと左右性があって、古くからイソギンチャクの
体は前後、背腹が区別されてきました。近年になって、発生の過程で体の前後
や背腹の軸を決定するのに働いている遺伝子について、詳しく調べられるよう
になってくると、イソギンチャク類の軸を決定している遺伝子群と、左右相称
動物で働いている遺伝子群がよく似ている、という事実がわかってきました。

これらの遺伝子の起源が同一であるのか、というのは議論の余地がありそうで
すが、イソギンチャクの体が見かけ上放射型になっているのは、海底にくっつ
いて暮らす生活に適応したためであり、実は左右相称動物の一員であるとも考
えられるのです。多細胞動物の起源を考えるとき、すでに絶滅してしまって化
石にも残っていない動物が多数いる可能性があることは忘れてはなりませんが
、「原始的」と捉えられている現生の動物たちの設計図は、「高等動物」とそ
れほど違わないのです。

 話をもとに戻すと、今回の報道では2つの誤解が見受けられます。まずひとつ
目は、「クシクラゲ」が刺胞動物と近縁であると解釈されていること、もうひ
とつは刺胞動物には「穴」がひとつしかない、とされていることです。後者に
ついては、実は刺胞動物の研究者のなかでも正しく認識されているとは言えな
いので、しかたがないところではありますが、クシクラゲの含まれる有櫛動物
については、「クラゲ」と名がつくだけに、誤解を受けがちです。また、記事
の「教科書を書き換える発見」というのはセンセーショナルではありますが、
ミスリーディングとも言えるでしょう。私も何人かの知人に「クラゲに肛門が
見つかったんだってね!」というような話をされました。科学記事を読むとき
には、実際の研究がどのようなものであったのか、またその研究の背景にどの
ような科学的な論点があるのか、といったことを正しく理解していないと、思
わぬ誤解を生じるのだな、とつくづく思わされる報道でした。

(主任上席研究員 柳研介)
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 今月も、海の博物館メールマガジンを最後までお読みいただきありがとうご
ざいました。

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    電話:0470-76-1133 FAX:0470-76-1821
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